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12月30日に山形の舞踏家の森繁哉さんに呼ばれて
大蔵村に行ってきた。 2月25日、26日に新潟である 「大地の芸術祭」で 森さんが舞踏を舞うのに、Coupieで音楽を担当させてもらえることになり、 その打合せで大蔵村の自宅に呼ばれた。 googleで陸路を調べると鳴子温泉を経由して、 石巻からだと3時間くらいと書いてあった。 新潟の胎内市や長野の渋温泉と比べれば全然余裕だと思って 車を出してしばらく走っていくと。 大崎市の古川駅あたりでちらほらと雪が舞い降りて、 岩出山あたりで吹雪いてきて銀世界、 鳴子温泉に着くと吹雪に加えて地吹雪、家も埋もれている。 ![]() この時点で石巻を出て既に3時間半。 森さんに電話して遅れることを伝える。 さらに車を走らせて、新庄で視界2m程度。 対向車が本当に見えない。 大蔵の看板が見え始める頃に少し天気が良くなり日差しも出てきた。 ![]() # by yukkin_y | 2012-01-18 22:42 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
またまた暫く、ブログの更新が止まってしまっていました。
色々と書きたいことが山ほどで。 きりの良いタイミングで書こうと思っていたら、 どんどん日にちが過ぎていき、 気がついたらもう旧正月間近になっていました。 ここで書かなかったら、また随分と書かなさそうだから、 意を決して。。 2012年になってしまいましたが、 どうやら気持ちはまだ2011年に引き続きみたいです。 今度の新月23日の旧正月で、ちょっと心機一転 できたら良いなと、 気持ちの年末調整を行なっている今日この頃です。 2011年、激動の年でおそらく人生が変わった、 もしくは加速したと言っても過言では無いと思います。 震災で、何かをしなくては!! と、全国が動き出して、そして地元石巻で生き残った人達が 色々と動き出して、 今も尚その流れの渦中にいます。 そこには、希望に溢れている人、絶望している人、 無関心な人、流れを変えたい人、東北に(放射能に)怯える人、怒っている人等々 沢山の人の動きが毎日の中で飛び交います。 僕自身は、焦っても仕方が無いので、 じっくりと観察し、自分自身と、そして周りとコミュニケーションを取って、 面白い事をやっていきたい、 そしてそれが自分の周りや地域に何か貢献出来ているという ことが出来ればなと思ってます。 復興っていう言葉を聞いたり見る度にいつも思う。 「復興ってどういうことだろう」 それを友達の川村智美さんと二人で話し合って出たのが 「みんなが活き活きと生きること」だなと。 まずは自分、自分の周りが元気になって、楽しくして そこから色々な人の繋がりを持っていくというのが入り口なんだと思う。 自然、時間の流れの中で本当の豊かさというものはなんなのか、 そういうものを腰を据えて落ち着いて考えていくことを じっくりと、でものんびりしないでやろうと、 ふらりと、壊滅地域を横切って、お気に入りの場所に散歩しに行きながら思う今日この頃。 良いお年を。 ![]() # by yukkin_y | 2012-01-18 22:23 | DIARY | Trackback | Comments(0)
またまたお久しぶりな記事になってしまった。
11月も過ぎて12月に入り年末になって、落ち着くかなぁと思いきや、 ますます予定が入っていき動きまわっている毎日です。 最近また体調を崩してしまい、今現在は部屋に篭って養生しているので、 ブログを更新しようと、タイピングしております。 涼音堂の新潟でのイベントを終えてから、 今度は宮城県の松島にある円通院でのライトアップで、 レギュラーで演奏していました。 Coupieではcobiさんの都合もあって一度だけでしたが、 場所の力に背中を押されたような音を出せました。 ただ本当に寒かった。。。 ![]() あとは仙台を中心に活動しているSonido del Viento のケーナ吹きMarinちゃんと 二人で演奏していました。 色々とああしよう、こうしようと考えも たどり着いたのはやっぱりいつも通りの即興。 お互いに新境地な感じで、新ユニット「らよち」を結成。 Sonidoの出番の日に、セルビアからアコーディオン奏者の Misko Plaviさんが 東北の友達、そしてその被災した人達を思ったら、 いても立ってもいられないと、お忍びで来日して演奏をしてくれたのが 本当に人は距離だけでは無いんだなぁと、嬉しくなりました。 通訳の手伝いで呼ばれて、色々話し込んでいざ演奏のMCで、 いたずらでセルビア語で話されてニヤニヤして「さあ訳して」って お茶目な人柄ででした。 震災の時の話をしていると、涙を浮かべて黙って最後まで聞いてくれ 聞いてもらえるっていうだけで、僕もこんなに心が救われる気持ちに なるんだなと、初めて実感もしました。 副住職さんとも震災のことや、地域のことについて、 先日熱く語り合い、また円通院さんと一緒に宮城的な、 イベントが出来たらなぁと思っています。 本当に良いきっかけ、良い出会いに感謝だなぁとつくづく思います。 ![]() ![]() # by yukkin_y | 2011-12-24 13:19 | DIARY | Trackback | Comments(2)
2011/10/30
ゆっくり朝までぐっすり寝てむくりと起きる。 なんて、ゆったりした時間なんだろう〜。 星さんが急に起き、 「ユッキくん、露天風呂にいきましょう」 と、目覚めの一言。この人は本当に凄いと思った(笑) 多喜本に露天風呂があることを知らなかったので、 どんなお風呂なのかとても楽しみ。 風呂の扉をあけると、 ![]() また静かな時間が流れていました。 お風呂の温度も温めで本当にゆっくり、まったり。 気を抜いたら寝てしまいそう。 ちょっと長めに露天風呂に浸かり、 その後に内湯にもまた入る。 渋響で来ていた時は渋をこういう風にゆっくり過ごしていなかったので、 本当に満喫感十二分。 外に出て路地探検へ。 ![]() ![]() もちろん、外湯にも浸かりました。(何番湯だったか忘れてしまった。。。) ![]() ![]() お風呂に浸かり上を見上げると朝の光がとても優しい。 渋温泉の朝と言ったら「うずまきパン」ということで、 さっそく買いに。 ![]() ![]() ぐるっと歩くと、渋響の会場にもなっていて、 先日、国指定登録文化財にもなった「臨仙閣」が顔を出す。 その中に今年の渋響pH:3.0でのMAJIOさんの作品も窓から見えている。 。。。それって、凄いよなぁ。よく考えると。 ![]() そのままずーっと下っていき、渋と湯田中の境あたりまで来て、 また引き返し多喜本へ。 ![]() もうチェックアウトの時間になってきているので、 星さんと急々と荷物をまとめる。 名残惜しさ満点。 もう一度、露天風呂に入る。(笑) まだ名残惜しい。 チェックアウトで関さんに新潟の水の音楽会でもらってきた 笹団子を手渡し、近いうちにまた再会を約束。 ![]() そして渋温泉を後にしました。 車をちょっと走らせて、道を一瞬間違えてしまい、 路肩に停めてiPhoneで地図のチェックをしていると、 関さんから電話。 「星さんの忘れ物がありますー!どこにいますかー!今追いかけているんですが」 な、なんと。(笑) この3分後に再会を果たしてしまう。 次会う時は来年の渋響pH:4.0になるのかな。 その前にも、親父を連れて湯治しに行きたいなぁ。 震災の疲れを少しでも取ってほしいと思った、渋の旅でした。 # by yukkin_y | 2011-11-29 07:09 | DIARY | Trackback | Comments(0)
2011/10/29
関さんとの再会を果たして、響花ちゃんに見送られて まずは渋温泉の外湯の大湯へ向かう。 金具屋の前を通った時、和樹さんにも挨拶をしたかったけれど、 出張中でいないとのこと。残念。 古久屋さんの玄関先で作っている温泉たまごも もちろん絶賛発売中。一個50円。 渋響の時に2000円分くらい食べた思い出がある。。。 さっそく50円をザルの中にいれて戴きます。 ![]() 大湯へたどり着いて周りを眺める。 2年前はここの上にある道祖神のところで、 寒い寒いと言いながら演奏していたことを思い出す。 そばにある足湯に助けられたなぁ。 ![]() ![]() では、さっそく大湯へさぶーん。 夜も遅かったせいか、貸切状態。 ![]() かなり熱かったので、ちょっと水を足してかけ湯。 お湯をじっくりと堪能してから、 関さんと待ち合わせをしている食べ物処「やりや」へ。 女将さん、旦那さんとも2年ぶりの再会! の、はずが、 「あら!この間はお疲れ様ねー!大変な中よく来たねー!」 と、言われ「????」となる。 あれ?この前いなかったっけ?いたような気がするなぁ。と(笑) 三度笠かぶって楽器持って走り回っていたのってもう2年前だっけ!なんと〜〜。 なんて、話をしていた。 この前もyukkiと間違って七尾さん(旅人さん)来た時に 渋響の話をしてたら首を傾げられてしまったと、女将さん。 いや、七尾さんと僕、顔似ていないと思います(笑) そんな談笑をしていると、関さんがやってくる。 皆揃って、次回の渋響の話を進める。 そして、時間も経ち僕の瞼も落ち始めてくるとミーティングはお開きに。 # by yukkin_y | 2011-11-27 07:15 | DIARY | Trackback | Comments(0)
2011/10/29
野沢温泉を堪能し、Firo塚越さん達と別れて僕と星さんが二人で 渋温泉へ向かいました。 思いの外早く渋温泉に到着してちょっとビックリ。 野沢と渋はこんなに近かったのかぁ。 向かった先は旅館「多喜本」。 ご主人の関さんは渋温泉の青年部の方で渋響の中心人物の一人。 この人がいなければ渋響は無かった。 そして、今年の東日本大震災後に僕の家に渋温泉のお湯を持ってきてくれたのも 関さんと金具屋の若旦那の和樹さんだ。 そんな関さんとの再会。そして2年ぶりの渋温泉。 なんとも言えない感情に包まれていました。 「よくいらっしゃいました〜!」 と、関さん。 なんだろう、このお帰りなさい感は。 感激している横に星さんがニコニコして立っている。 僕がCoupieで参加していたのは2年前の渋響 pH:1.0の時。 その日になんと関さんの娘さん、名前はなんと「響花ちゃん」。 僕はその日、出産の知らせを受けただけでまだ会ったことが無かった。 ちっちゃい子がこっちを見ている。 ![]() 響花ちゃんだ! 関さんがもうメロメロ。星さんもメロメロ(笑) ![]() そっかぁ。 2年で、赤ちゃんはこんなに大きく成長するんだなぁ。 ちょっと感慨深くなる。 関さんはまだ仕事が残っていたので、 僕らは先に温泉街に出て外湯を堪能することにした。 もちろん、多喜本のお湯で身体を温めてから。 浴衣に羽織をかぶり、暖かい格好になって、でも履物は下駄。 ![]() 響花ちゃんが 「いってらっしゃーい!」って手をブンブン振っていて、 顔がまた綻んでしまった。 # by yukkin_y | 2011-11-26 07:00 | DIARY | Trackback | Comments(0)
2011/10/29
麻釜に行った後に、次なる外湯に入りに行きました。 街並みが素敵でキョロキョロしながら歩くと転びそうになります。 ![]() ![]() 星さん曰く「あそこの外湯に入ったら、ユッキくん謝るから(笑)」 というクラスの温泉(どんな基準(笑)) 向かった先は「真湯」 ![]() 浴場に行くと、見るからに素敵なお湯。 乳白色に黒っぽい湯の花が舞っていて、直ぐにでも入りたいという欲求が 沸き上がってきます。 かけ湯をして、慌てて入ったら見えない段差に足を滑らせて いきなり顔から突っこんでしまいました。 となりにいたFiro塚越兄貴が苦笑い。 紙一重で蛇口との顔面激突を避けたけれど、激突していたら お湯の色がピンク色に染まったでしょう。。。危ないあぶない。 星さんの予言通り 「みなさん、すいませんでした。。。」と謝る僕。 気を取り直して、じっくりと脱力をしてお湯に身を任せる。 極上。 「星さん、(こんな良いお湯の存在を知らず)すいませんでした!」と謝る僕(笑) 次なる外湯は熊の手洗湯。 ここはオーストラリアの友人もおすすめのお湯。 お肌にとても良いとのことでした。 ![]() ![]() 今度は焦らずゆっくりと。 お湯はとても柔らかく、そして温め。 長湯出来る感じで、体温と同じような温度なのかな、 自分がお湯なのか、お湯が自分なのか判らなくなります。良い感じ。 じっくりと入って外に出るともうあたりは真っ暗。 ![]() Firo塚越さん、いろのみ柳平君、がんさんはここで 東京に戻るとのことで別れました。 僕と星さんはこのまま次なる場所、渋温泉へ(笑) # by yukkin_y | 2011-11-25 07:00 | DIARY | Trackback(1) | Comments(0)
2011/10/29
そのまま歩いて、今度は麻釜(おがま)へ向かいました。 ![]() ![]() 麻釜は街の人が野菜を温泉で茹でる場所で熱い源泉が出ている場所です。 野沢温泉出身の友人曰く、昔は誰でも入れるようになっていた みたいだけれど、過去に観光客が酔って足を滑らせて釜に落ちて大やけどを 負ったとかで、今は街の人の限られた人だけしか使えないみたいです。 ![]() ![]() ![]() ![]() 野沢組?! ちょっと怖そうなネーミングだけれど、 星さんに聞くと、600年前くらいから続いている 今で言う青年会のような?独特の街の組織。(※) 戦国時代は野沢組があったから戦国大名も中々手を出せなかったとか。 組員はもちろんみんな野沢温泉の人々で、 地域をしっかりと守るために色々なことをしている。 (13つの外湯の管理も野沢組) 渋温泉の青年会のような組織?も何百年も前から続いていることを思い出す。 長野の山の文化って良い意味でとても保守的で地域をみんなで守っている 印象を受けました。 石巻の復興、新たな地域作りのヒントになる気もする。 ※青年会というより、組織の元「惣」で村の自治組織。 息子の代の組織を「若衆」。長老世代の三代構成になっていると星さんより指摘。 # by yukkin_y | 2011-11-24 07:07 | DIARY | Trackback(1) | Comments(0)
2011/10/29
温泉街から少し離れたところを散歩。 路地にキウイがなっていたりもした。 ![]() ![]() ![]() とにかく水の流れる音がサラウンドで聞こえてきて 歩いているだけで、耳が本当休まる。 というより、水や歩く足音や鳥などの音が極上の音楽に聞こえる。 美術館を発見。岡本太郎の企画がされているようだった。 岡本太郎も生前は小沢温泉が大好きだったと聞きます。 至る所に太郎氏の「湯」を発見。 そういえば、オーストラリアでも見たなぁ(笑) ![]() ![]() ということで、オーストラリアの久しぶりに友人に早速国際電話。 最初、誰なのか解ってもらえませんでした(というか、何故か日本語通じず冒頭は英語で、、、笑) 「石巻は大丈夫なのかーーー!!!」 と、心配してもらってましたが、今、野沢温泉にいると伝えると、 またも混乱していました。 色々と良い外湯の情報も教えてもらいました。 そうしたらこんな看板が。(笑) ![]() # by yukkin_y | 2011-11-22 07:37 | DIARY | Trackback(1) | Comments(0)
2011/10/29
栄村ふるさと市を出て、車でしばらく走ると野沢温泉へ。 今まで星さんを始め色々な人に野沢温泉の話を聞いていたので、 本当に楽しみでした。 (オーストラリアに住んでいる時も偶然出会った日本人の方が野沢温泉の とある旅館が実家という人もいて、長々と温泉談義と渋響の話で盛り上がりました笑) まず温泉街の細い道路を迷いながら登っていき、 外湯の大湯の近くに車を駐める。 噂に聞いていた大湯が目の前に。。。感動。 ![]() お湯は結構熱めで長湯をするという感じではないですが、 ガツンときます。PHは中性よりちょっとアルカリ寄りだったかな。 硫黄の香りとこの熱いお湯で、もう笑うしか出来ませんでした。 強制的に笑顔にさせられて、他の人達もそうみたい。 「熱いですねー!」 と、自然と知らない人と会話が生まれる。 大湯を堪能した後に、野沢温泉地域をぐるりとお散歩。 歩いているとどこからでも、水の流れる音がしてくる。 お水がコンコンと沸き上がってきている。 至る所に小さな畑もある。 ![]() ![]() ![]() 水路には水車が付いているところが多くて、スキップしたくなるようなテンションになる。 ![]() ![]() お水があって、畑もできて、お湯も湧く。 なんて恵まれている地域なんだろうと、ほんわかした気持ちに。 # by yukkin_y | 2011-11-20 07:03 | DIARY | Trackback | Comments(0)
2011/10/29
10月29日の新潟でのイベント(水の音楽会)が終わってから、 星さんや、がんさん、FIro塚越さん、いろのみ柳平君と一緒に 野沢温泉を堪能しに行こう!ということになり、 車で行って来ました。 新潟から長野エリアの方に入ると、 平野の大規模農業の雰囲気から変わってきて、 山の文化が強く出ているのかなという街並みになってきました。 なんだか落ち着く。 長野県に入り途中で栄村のふるさと市に寄り道。 ![]() お腹が空いたのでお蕎麦屋さんへ。 ![]() ![]() つなぎに海藻を使っている、独特のコシのある蕎麦。 ![]() 野沢温泉までもう少し。 # by yukkin_y | 2011-11-18 22:03 | DIARY | Trackback | Comments(0)
Coupie の cobiさんのパートナーで、
別ユニット「dadadubi (ダダドゥビ)」をcobiさんとやっているnaoさん(こびやまなお)と いろのみのコラボレーションした作品。 なおさん、画家でもある。 膝を抱えてじーっと見ていたい。 # by yukkin_y | 2011-11-10 07:41 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
涼音堂茶舗のレーベルメイトで仲良しのユニット「いろのみ」
ubusunaというアルバムの時から生命や水というのが大きなテーマに なっているのかなぁと、個人的に感じてました。 先日あった水の音楽会で本当に胸を打たれたのが、 いろのみの演奏で、 単調な音が重なっていって、段々と雨つぶのようになり、 そこにMAJIOさん、東京食堂の映像がどっと入り込んで、 下から上に昇る光。 その時に、この震災で命を亡くした友人たちや、親戚、 そして被災地の人達が命の光と音に乗っている。 なんだかそう見えたら、涙が止まらなくなっていました。 その涙で、無意識で水はやはり津波のイメージが 残り怖いものという思いがあったことに気がついた。 でも、水は命を産み、育んでそして循環していく、 豊かさを与えてくれるものでもあるということを 改めて意識をさせてもらったのが、いろのみの演奏の時だった。 本当に素晴らしい空間、時間だった。 いろのみ、MAJIOさん、東京食堂の後に、僕の演奏の意味が変わった。 ![]() # by yukkin_y | 2011-11-09 07:19 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
本番当日。朝起きて朝ごはんを食べて、温泉で身体をシャキっとさせる。
ホテルの方に行き、そこの露天風呂で音を楽しめるようにと、 音響の設置をしに行くちのことで付いて行きました。 なんだか凄い。。。 和製ノイシュバンシュタイン城。。。? ![]() 中に入るとレッドカーペットがひかれて、そこに 巨大な菊の紋のステンドグラス。異空間だ。 露天風呂について早速タカハシさんが音響の設営。 ![]() テストで音を出して、露天風呂からどう聞こえるか、 星さんと足湯しながらチェック(笑) ![]() ![]() 「yukkiくん、あれがライン川ですよ(笑)」 と、星さん。思わず吹いてしまう。 しかしなんでこんなところにドイツなんだろうと。 地域作りの勉強をしに、この地域の人がドイツに研修しに行って、 ビールの作り方、ワインの作り方などを習得してきたという話をきいた。 お昼も過ぎて、cobiさん、いろのみ、Firoと現地に到着して、 ビアガーデンで音響のリハを始める。 ![]() ![]() あたりも暗くなり始めていよいよ本番へ。 ![]() ![]() ![]() ![]() 地元の人達が来てくれて、 普段は使われていないビアガーデン(実は閉鎖されてしまっている)が、 こういう風に使われて、その中で地元で作られているものを味わい、 自分達がどういうものを持っているのかを 感じてもらえているようでとても嬉しかったし、 僕自身も、この地元石巻でそういう意識をもっとしっかり持って行こうと 思えたイベントでした。 映像チーム、音楽チーム、地元の人達、そしてそれを応援する人達が 同じ方向を向いたなぁと感じる、素敵な空間でした。 # by yukkin_y | 2011-11-08 07:09 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
2011年 29日 30日に新潟の胎内市であった「KIREI FESTA 2011」。
その中の「Was Wasserkonzert 水の音楽会」にCoupieで参加してきました。 前日入りだったので、28日にうちのお爺ちゃんの葬儀が終わってすぐに、 荷物をまとめて車に積み込む。 ちょっと慌てていたのか、機材を入れたトランクを 階段の上から落としてしまったり、ギターを忘れたり。。。 夕方の5時過ぎにようやく出発できましたが、 道はかなり混雑していて、宮城県の県境まではノロノロ運転が続きました。 山形に入ってからはすいすいと進んで、 結構あっという間に新潟県に入りました。 ![]() 何度か道に迷いましたが、iPhoneのおかげで近くまで辿りつける。 近くまで来たところで星さんから電話。近くまで来ているはず、、、という ことを伝えると、 「ああ、了解。もう少し走るとドイツになるから直ぐ解ると思うよ。」 どういうことだろ?? と思いながら走ると、ドイツの風の建物がドーンと見えて直ぐにわかりました(笑) その時はもう21時を過ぎていたのであたりは真っ暗。 星空が本当に綺麗ですでに開放されたような気持ちになりました。 PAチームのタカハシさんや、映像チーム東京食堂、MAJIOさん、 そして星さんと再会。 会場のビアホールに入るとビックリ。 ![]() ![]() これは。。。「キレイ」だ(笑) この日は簡単な打合せをした後に、 宿代わりにしている施設の温泉(アルカリなヌルヌルのお湯、塩素と循環がちょっと残念) に入って、地ビールをいただいた。 ここの本当にキレイなお水で作られたビールは本当に美味しかった。 # by yukkin_y | 2011-11-07 06:42 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
明けない夜はないシリーズ
2011年 3月11日に襲った東日本大震災、 石巻市で被災してからの6月までを中心に僕個人の視点で見たものを綴っていきます。 Day 9 3/19 -1 深夜にお婆ちゃんの呼吸がやたらと浅かったり、いつもと様子が違うので 寝ないで様子をみていた。 ラジオやTwitterで低体温症のことをよく言ってたのを思い出し、 湯たんぽを沸かす。 段々と苦しそうになってきているので、これはまずいと直感し声を変え、親父を叩き起こす。 救急車を呼ぼうとするが、119番は常に通話中で全くつながらず。 やきもきする。 暫くして日が出て周りが明るくなってから、親父が市役所に行き何とかすると家を出る。 出る際に、 「もしものことがあったら、お前が看取れ」 そう言い残し家を出る。 暫くしても戻って来ず、 意識が朦朧としてき始め、 さすったり、声をかけたりして励ます。 もし自分だったらこうしてくれると嬉しいなということを。 何時間かして親父が帰ってきて、 救急隊員を連れてきてもらった。 ヘルメットを見ると鹿児島県の伊佐市。 そのまま隊員さんに任せて、そして親父が付き添いになってもらい石巻日赤病院まで搬送してもらった。 どうか、無事で。。。 ![]() # by yukkin_y | 2011-11-06 07:54 | 3.11 | Trackback | Comments(0)
羊さんの石巻日和の話もだし、舛君のブログに記事を書くことも、
文字や写真を媒体に情報をまとめて載せて表現するっていうことに 興味がちょっとずつ出てきている。 羊さんとお話していた時に、 「yukkiさんだったら、どんな雑誌を作りたいって思いますか?」 って聞かれた時、 僕は雑誌を読まない人だったことにハッと気がつく。 今、手元にある少ない雑誌を出してみる。 ・和のしつらい vol7 2006年 本屋で衝動買いした雑誌。陶磁器や盆栽を見てうっとりしていた。 文章は侘び寂びの説明とか、宿坊とは云々とかで、 たっぷり熟読はしてなかった。眺める感じ。 ・秘伝 2006年 12月号 武的な視点から禅の特集で、合気柔術の師匠の中條老師に薦められて買った。 簡単な坐禅の作法や、立禅の仕方、呼吸と脳の関係、 それと身体の変化のことなど、結構入門にしては面白いことが書いてあって、 良く読んでいた。結構、読み物を読むような感じ。実用向き? ・STUDIO VOICE 2008年 8月号 アンビエント&チルアウト特集。 何を隠そう、涼音堂の鳴響の記事が載ってると思ったら星さんが 書いていた。 これは買っておこうと買って、楽しんで読んだ。 ・BRUTUS 2008年 8月号 チルアウト特集。 これにも鳴響記事が。記念に買った一冊。 ・Spoon 別冊 2010年 和ガール 海月姫や、着物を着た和ガール特集。 これには涼音堂の夏の風物詩のElectronic Evening 電子音楽の夕べが 載っていて、出演者にということで編集の方から頂いたもの。 記念品的雑誌。知らない世界が沢山。 ・BACK YARD FARMER vol4 2010年 オーストラリアに住んでた時にマレーニーで買った雑誌で、 小規模の土地、狭い土地、裏庭で 食べ物を作ったり、色々と生態系やエネルギーを循環させて パーマカルチャーライフを送っている人達のインタビューや いろんなアイデア、やり方が書いてある。 英語の勉強にもなるし、重宝していた雑誌の一つ。 実用書的存在。2010年vol4が最新号だけど、vol1が1972年に発行って 書いてあるような気がする。。俺の読み違い?? ・ボサノヴァギターを弾こう 2003年8月 GOGO Guitar増刊 二十歳くらいの時に買った雑誌。 ボサノヴァのギター譜に模範演奏のCDも付いてこの値段! っていう単純な理由で購入。 ・spoon. 別冊 キモノガール 2011年 4月 これは、震災後に我が家に温泉を届けてくれた 渋温泉の青年部の関さん、西山さんから頂いた雑誌。 震災で出演する筈だった渋響の記事が書いてあり、 これを何度も何度も読み返して、その場をイメージして泣いていました。 着物、和のちょっと今風なテイストな内容が満載。 ・音遊人 2011年 6月 これも、渋響の記事が書いている雑誌。 星さんに、チュニジア大使館でイベントをやった時に いただいた雑誌。 あと、クラッシック系のコラムが多くて、 また普段味わわない香りを嗅いで、ウィーンやプラハに行きたくなったり。 読み物的存在。 もっと、色々意識して雑誌や本を読んで見ると また面白い発見があったり、自分はどういうところを意識しているのか 見えてくるからまた面白い。 雑誌もしっかり読んでみよう。 ![]() # by yukkin_y | 2011-11-05 08:00 | MEMO-ESSEY | Trackback | Comments(2)
石巻で今年になって知り合って、とても仲良い友人の一人の舛くん。
僕らが知り合って初めて会った日が 2011年 3月 11日 の 14:20。 あの東日本大震災の直前に初めて会って、一緒に被災しました。 その事をちょっと書いた前の記事 「day1 明けない夜はない、陽はまた昇る 3/11」 知り合ったきっかけは、去年の暮れに別の友人から、 「石巻で自然農をやっている人がいるって知ってた?」 ということがきっかけでした。 ネットで調べてみたらさっそくひっかっかたのがこのページです。 「自然農法、自給自足、そして半農半Xの暮らし。宮城県石巻市から」 なんて、直球でダイナミックなタイトルだろう(笑) まずタイトルで東北人の心を持っていかれました(?) メールを出して色々と交流が始まりそしてついに 「それでは3月11日に会いましょう、場所は分かりやすく蛇田のイオンあたりでどうですか?」 まさか、こういう展開になるとは。。。 震災後にお互い各々動いていて、たまにバッタリ会ったり、 段々メールなどで連絡を取り合って、電気を分けてもらったり 一緒に門脇に行ったり、( day6 3/17) 彼は彼でボランティアとして動いていたりで、 色々と情報交換をしたり、これからどういう風に未来を見据えていくか 等々色々話してすっかり仲良しに。 そして、 石巻関係のブログ、一緒にやらない?手伝って。 それで、ブログを。 「3.11 東日本大震災 僕らの体験談」 畑一緒にやらない?手伝って。 と、誘われてそのまま一緒に色々とやるようになっていきました。 楽しくなりそうだなぁ〜〜! ![]() ![]() # by yukkin_y | 2011-11-04 09:40 | GARDENING | Trackback | Comments(0)
石巻にある小さな出版社「真羊舎」。日下夫妻が営んでいて、震災後は「石巻百景」という 震災から石巻の様子を綴っているかなり 素敵なブログを運営しています。 震災後にTwitterを通して知り合って、 何度か会って話をしていくうちに 意気投合して仲良しになりました。 近所で歳が近くて、面白い人達と知りあえて嬉しい。 少し前を振り返ると、 やっぱり震災がきっかけで いままで知らなかった地元の事や、地元の人と知り合うことも出来ています。 ここからどういう未来を描いて進んでいくか、そこが大切なんだなぁと思います。 そんな彼らが今度雑誌を出版するということで、 その話をしたいから、友人を何人か募って食事しながら話をしたいからということで 10月の下旬にお誘いをしてもらい、行って来ました。 殆ど知っている人で、初めましての人も話をしていくと 共通の友人が何人もいたりと、やはり地元は繋がるなぁと実感。 雑誌のタイトルはもう決まっているようで、 その名も「石巻日和」 内容を聞くと、本当にこれは相当面白いだろうなぁと 興味津々、ワクワクするような内容。 今の時点での課題点など色々話をきけた。 そこで羊さんの奥さんの真里さんが また本当に美味しい料理を作って持ってきてくれるので、 話が段々ご飯の話にズレていき、 ![]() テンションが上がり、貪るように食べて飲んで、 今度は醸しの話に華が咲いて、 美味しいお酒が出てきたり、行者にんにくの漬物が出てきたりと、 すっかり出来上がってきて、しまいには、 ![]() みんなで独楽回しをして遊び倒しました(笑) これは楽しくなっていくだろうなぁと、 自分の中の何かが囁いている感じでした。 # by yukkin_y | 2011-11-03 07:50 | DIARY | Trackback | Comments(0)
先月16日のおらほの復興市で演奏したすぐ後に、今度は練習があるから着いて来てと、
呼ばれるがままに行きました。 そこにはピアニストの和泉真弓さんが来ていました。 真弓さん、黒船太鼓とは2007年に雄勝で開催された 「雄勝石と出会った30人のグラスアーチスト展」以来の付き合い。 その時に真弓さんの旦那さんで大阪音大、京都芸大で教授をしている 和泉耕二さんが親父と同級生で、 グラスアーチスト展のアーティストを束ねてたのが、 叔母で、親父は雄勝の玄昌石の天然スレートで仕事をして、画家でもあって。。。と、 ややこしいのですが、 2007年に、雄勝の伝統である雄勝石(玄昌石)に魅せられた 人達が、石と伝統をコンセプトにした芸術祭をしよう、というのが発端で、 耕二さんが「ペルム幻想曲」というピアノ、和太鼓、ディジュリドゥ、玄昌石を叩く音の 曲を書き上げて、その時からのつきあいです。 雄勝の黒船太鼓もだけれど、 真弓さんにも本当に色々なステージで一緒にやらせてもらう機会をもらい、 (ある時はディジュリドゥで、ある時はパーカッション、ある時は詩の朗読、 そしてまたある時はコンテンポラリーダンス(!?)) 演奏する時の姿勢などを体験を通して教えてもらい、 また耕二さんには曲作りについて色々とアドバイスをくれたりと 多大な御恩があります。 そして、後になって気付いたのが、 真弓さんの過去のピアノの教え子が、涼音堂で一緒の いろのみの柳平君だったという衝撃的な事実もあり、 とても面白い、複雑な御縁のある方です。 と、前置きがずいぶん長くなってしまいました。 そんな彼らが、10月の下旬に 八王子で演奏することになっていて、 ペルム幻想曲のピアノ、和太鼓バージョンにアレンジして 特訓をしていました。 僕は10月下旬は新潟で別のイベントが入っていて参加出来ずでした。 久しぶりの和太鼓とピアノの響きに、感動しながらの練習見学。 ![]() ![]() 練習後に太鼓と雄勝の話をして。 「yukkiはもうメンバーだがらや。んでっていうことでディジュだけじゃなくて、 太鼓打ちの練習も今度からしてもらうから」 え?? 伊達の黒船太鼓のメンバー入りをしてしまった瞬間でした。 # by yukkin_y | 2011-11-02 06:41 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
先月の16日に石巻市であった「おらほの復興市」という、
ちょっと大きい規模の震災復興マーケットが開かれました。 ![]() 色々と交流を深く持たせてもらっている、 石巻市雄勝町の伊達の黒船太鼓保存会の方に誘われて ディジュリドゥでコラボレーションすることになりました。 当日の朝は雨で、ちょっと怪しい雲行きでしたが、 雨は降らずにいてくれました。 黒船太鼓で、来るはずのメンバーが来ないとか、 なんだか内情も雲行きが怪しい? なんだか僕もドキドキしてきました。 本番はステージの一番始め。 すぐに時間が来て、自分が入る曲になるまで見守ろうと思ったその時。 「yukkiもステージさ上がってけねが?(ステージに上がってくれない?)」 と、リーダーの神山さん。 どうやら彼の中で演奏内容が大幅に変更になったらしい。 言われるがままに神山さんと、もう一人のメンバー、のぞみちゃんと 一緒にあがると、もう目で合図されている。 指を3つ出されてトン-トン-トンと言われる。 3拍子か。。。 即興で宮太鼓、ディジュリドゥ、締太鼓で演奏が始まった。 でも、こういうのは好きなので楽しく演奏出来た。 演奏中に段々天気も晴れてきてとても良い感じになった。 演奏も良い感じで終わり、MCが始まる。 と、思いきやここでまた神山さん 「あれ、yukkiはソロやるんだよね?早くステージに戻って」 と、なんという無茶振り。 観念してしっかりとソロをやらせてもらいました。 そうしたら、おじちゃん、オバチャンたちが 騒いで踊り始めて、かなりビックリしました。 しかもアンコールまで出してもらって、(ディジュリドゥでアンコールは初めて) ステージから降りたらオバアちゃんが近寄ってきて、 激励された後に拝まれました。 (拝まれるのも初めて) その後は、黒船の曲。客席にいた雄勝の旧メンバーも飛び入りで参加。 かなり熱い幕開けでした。 ![]() かなりの賑わい。 ![]() ![]() 復興市にはいつもお馴染みのZENKAI商店街や ISHINOMAKI 2.0の松竹さんも出店してました。 ![]() ![]() 金華サイダーが売り切れだったのが心残り。 もうちょっと規模小さくても良いから、 こういうイベントは毎週とか、 定期的に恒例にやった方が良いような気がするなぁと なんとなく思ったりもしました。 # by yukkin_y | 2011-11-01 08:27 | DIARY | Trackback | Comments(2)
Coupieのパートナーのcobiさんは知る人ぞ知る
新しい和室の在り方なども試行錯誤もしている バリバリの内装職人さんでもあります。 震災後は本当に修理の仕事が多くて休む暇も無く 嬉しい筈なのにとても複雑な気持ちを持っているとよく話します。 津波の被害を受けた被災地と、内地での人の温度差、 それはクライアントさんも、仕事をする人もそうで。 そんな中、cobiさんがどうしてもここはボランティアで やりたいというお宅が石巻市の渡波(津波被害が酷かった場所)にあり、 お手伝いを頼まれたので、10月頭に喜んで一緒に行って来ました。 二人で作業着になって音楽以外の作業をすることって、 実は初めてだなぁと、ちょっと不思議な気持ちになりつつ。 と、言っても僕自身は内装の技術が無いので、 cobiさんのアシスタント。 寫樂を剥がしたり、掃除をしたり。 cobiさんの作業をじっくり見て、技術泥棒を試みたり。 ![]() ![]() ![]() 休憩中に家の人とお喋りして、 震災の時にどうしていたかとか、街の様子や取り組みの情報交換などして。 また作業。 ![]() パテが余ったので、ちょっとお絵描き。 作業が終わって綺麗になった壁を見て、 とても喜んでくれたのが、とても嬉しかった。 cobiさん、やっぱり凄いなぁ。 改めて尊敬。 そういうのも、音楽もやっぱりcobiさんだなぁ。 # by yukkin_y | 2011-10-31 08:13 | DIARY | Trackback | Comments(2)
9月に京都から帰ってきて、
色々と思うところがあり、最近、お絵描きを始めた。 一時期は「もう二度と絵なんか描くものか!」と思ったのだけれど、 本当、ひょんなことで、やってみようかなと思ってやってみる。 これがまたとても楽しい。 音楽で表現するのとは、また別な、 行き着く先は一緒なんだろうなぁと思いつつも その新鮮さにわくわくです。 そのうちここでも、たまに写真を載せようかなぁと思います。 ![]() # by yukkin_y | 2011-10-30 08:06 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
10月の中旬くらいに、ORBのメンバーと加美町の宮崎にある
ある空き家を借りて合宿練習をした。 楽器と機材を持ち込んで練習。 石巻や仙台とまた違い、かなりの田舎で良い感じの環境。 だからなのか、とても集中できる。 今回はギターとエレピとハープ、歌でのセッションで アンサンブルをしっかり意識するっていう練習に商店を当てた。 シンプルに、 音数を最小限に、 変化していくのは受け入れてオッケー。 そんな感じで、数日缶詰をしてモクモク練習。 疲れたらぼーっとしたり、昼寝したり休んだりして、 夜はご飯を作ってみんなで乾杯して、 そしてまた練習。もしくは音楽鑑賞。 こういう練習も良いなぁ。 練習の内容的にもとても良かった。 ![]() ![]() ![]() ![]() こういう雰囲気だったら、 いろのみの磯部くんとやってる別ユニット「nayuta」と 結構音の方向性が合っているから、4人で音を出してみるのも良いかもと思った。 でも、なんだったか忘れてしまっている。。。 こういう事は、その日にちゃんと日記つけなきゃダメだなぁ。 次からは練習日誌もつけよう。 急にTouch the sound見たくなってきた。 # by yukkin_y | 2011-10-29 08:13 | MUSIC-ART | Trackback | Comments(0)
本日、お葬式で読んだ孫代表としての別れの言葉。
----- お祖父ちゃん、 孫代表として、俺が話すことになったよ。 爺ちゃんとの思い出、本当に沢山ありすぎて、どの思い出を思い出しても 明るくそして、思わず笑ってしまう事が殆どです。 ただ、爺ちゃんとの思い出の中でも他とは違う、 俺の胸に刻まれているものがあるんだよ。 それはこの震災後だからこそ、余計に胸の中で強く光っているんだと思う。 。。。休みの日に、いつものように仏壇を掃除してからお茶を飲んで、 将棋を打って、いつものように俺が負けて。98連敗。 そんな時にしてくれた、爺ちゃんが中国に出征した時の、戦争の話。 その中で人に向けて一度も銃を使った事が なかったことが誇りだって言ってたこと。 終戦後に引き上げる途中に命を落とした仲間の話。 普段は絶対に見せない涙を浮かべて話をしてくれたね。 それから大正時代から戦後までの 石巻の様子や、千石船についてとか。 爺ちゃんから聞いた言葉がこの震災で壊れた地域でどういうことが 大切になっていくのか、強いヒントになってるんだよ。 これは爺ちゃんからもらった魂だと思って、これから生きていきます。 お祖父ちゃん、 ついにこの言葉を言う時が来てしまったんだね。 気をつけて、旅に出てください。 何十年先になるか分からないけど、また会ってまた将棋打ちましょう。 またね。 ------ さて、これから新潟へ命の音を鳴らしに行きますか。 「Was Wasserknozert」 # by yukkin_y | 2011-10-28 14:00 | DIARY | Trackback | Comments(0)
京都から帰ってきてから本当に
バタバタ、慌ただしく動いています。 京都でゆっくり出来たから、そう感じるだけなのかもしれないけれど。 家族のことを。 9月3日に京都から石巻に帰ってきて、 親と挨拶を交わした二言目に 「◯◯ちゃん(親父の従姉)、死んだんだよ」 本当にビックリした。 京都に行く前、本当に出発寸前にうちに顔を出しに来て 震災お互い大変だけど、乗り切ろう〜!と笑顔を交わしたばかりだった。 どうやら、急性の心不全だったか脳溢血だったか、色々と説明してくれていたけれど もう頭がぼーっとしてしまっていた。 別の知人も震災後に急死してしまったりもしていて、 本当に精神や肉体にかかる疲労というのは計り知れないなと再確認。。。 でも、でも、やっぱりあんなに元気だったのにと思うと 受け入れるのに時間がかかりました。 それとまた親父が「それとな。。。」 と、続いたのが今年95歳のお爺ちゃん、親父のお父さんが余命一ヶ月と宣告を 受けたことを伝えられた。 去年の暮、丁度鳴子温泉で鳴響 pH:3.0をやっていた最中に 祖父が倒れて救急車で運ばれ、その時から本当に調子が悪く 入退院を繰り返していました。その内にに何度か危ない状態にも なったりもしていて、その度に不死鳥のように復活を遂げていました。 でも、今回ばかりは本当にそうみたいで、 病院に行くと、カテーテルと心電図に繋がれている もう殆ど意識の無い、でも呼吸が苦しそうなお爺ちゃんがいました。 覚悟は決まりました。 それと、事を僕が石巻に帰ってくるまで 黙っていてくれた親父の気遣いが本当いたくありがたかった。 その後に、演奏などで東京など遠方に行ったりきたり、 でも、気持ちのどこかにはいつでも石巻に帰られるようにしようとしてました。 10月になってもまだ大丈夫だったので、 もしかしてまた持ち直すのではと思い始めていました。 10月に入って、一緒に音楽をやってる友人が 県北の加美町宮崎町の一軒家に篭り始めて制作や楽器の練習をしているので 僕も呼ばれて練習をしに行ってました。 そんな中、夜に親父から、爺ちゃんが危篤になったと連絡が入る。 石巻に戻ると、峠は越えたけれど、でも危ない状態にはわかりないと 看護師さんに説明をされる。 そして24日の明朝に、また危篤になったと病院から連絡が入る。 夜中だったので親父と僕の二人で病院へ行く。 そして数時間後にお爺ちゃんは旅立ちました。 ![]() ![]() # by yukkin_y | 2011-10-27 08:01 | DIARY | Trackback | Comments(0)
明けない夜はないシリーズ
2011年 3月11日に襲った東日本大震災、 石巻市で被災してからの6月までを中心に僕個人の視点で見たものを綴っていきます。 day7 3/18 -3 家に帰ると、入院している姉とは別の姉が家に来ていたようでした。 赤ちゃん用の離乳食の物資が多く手に入ったとのことで、 それを住吉中学校に避難している僕の幼馴染が子供と一緒にいるから届けて欲しい とのことで、離乳食を置いていったと親父から聞いた。 その幼馴染は愛知県に嫁いだのだけれど、震災の時にたまたま 子供と里帰りをしていたらしい。 ....命が無事で本当に良かった! とのことで、住吉中学校へ向かった。 車は通れる状況とのことで、この時は親父に自転車を借りた。 ![]() ちょっと怖い右翼街宣車が停まっているなと思ったら、 炊出しをして避難している人達に振舞っていた。 ![]() もう本当にありがとう、という言葉しか思えなかった。 母校にこういう形で来ることになるとは本当に 夢にも思わなかった。 中に入ると本当に沢山の人で一杯だった。 ![]() 教室に入り切らない人達はみんな廊下や階段の踊り場に 新聞紙や毛布を敷いて寝泊まりしているようだった。 教室を一つ、一つ探して回ったけれど、幼馴染はいなかった。 もしかしたら外出している可能性は大きかった。 離乳食を渡したかったけれど、今日は諦めようと思い母校を後にする。 家に戻ろうと思ったけれど、ふと止まる。 中里地区にあるペットのシャンプー屋に預けている レン(うちの小型犬)、無事だろうか。。。 どちらにしても、確かめるなら今しかないと思い自転車を走らせる。 中学校の近くに土手がありそこから行く。僕が震災の日に蛇田から家に向かって 通った道だ。 土手下の塀や家を見ると結構水が上がった跡が見えて、 色々と覚悟をする。 そのお店に着いた時に、そのお店の隣の家から 聞き慣れた犬の鳴き声が聞こえた。 ドアを叩き、家の人に会うとそのお店の店主の自宅だったようで、 店員さんや近所の人とみんなで避難して共同生活をしていた。 そして、その奥にはレンがいた。 店主さん、店員さんが助けてくれたみたいで、 それまで手厚く保護してくれていた。 本当になんてお礼をすれば良いのだろう。。。 自転車の籠に乗せて家に帰り、 親父やお祖母ちゃんに会わせたら喜んでいた。 ![]() その日も陽が落ちると同時にロウソクを点け、 お湯を沸かして、貰ったおにぎりを解して雑炊にしみんなで食べる。 入院している姉からの連絡はまだ来ず。 きっと大丈夫、と思いながら床に入る。 ただ、お祖母ちゃんの呼吸の様子が昨日までと少し違うのに 気付き気になった。 # by yukkin_y | 2011-10-27 08:00 | 3.11 | Trackback | Comments(0)
明けない夜はないシリーズ
2011年 3月11日に襲った東日本大震災、 石巻市で被災してからの6月までを中心に僕個人の視点で見たものを綴っていきます。 day7 3/18 -2 親父と二人で石巻小学校でジェイソンの到着を待って 1時間、2時間が過ぎた。 45号線は多賀城市や塩釜はダメになっていると、 街の人が言っていた。だから内陸の遠回りの道を通っているのかな。 それともガソリンが尽きて立ち往生しているのか。 携帯が全く通じなくなってしまっているので心配になってきた。 一旦家に戻ろうかと話をしていた時にジェイソン達が到着して一安心。 再会を喜ぶ。 Save The Childrenの事務局を石巻で開設と言っていたけれど、 正直僕も親父もどんな組織なのかいまいち解っていないので説明。 取り敢えず議員さんとも連絡がついたようで、紹介する。 そのままジェイソン達は去っていった。 頑張ってくれているなぁ。。。俺らも頑張ろうと親父と話す。 僕はそのまま、日和山を登っていき 避難所になっている図書館、カトリック幼稚園、石巻中学校、門脇中学校へ行き 安否情報をTwitterにあげる為に情報収集。 そこでまた知合いにも会えて嬉しかった。 ただ、知人の訃報も入ってくる。 ![]() ![]() また、近くの配水場では水を配っていて、長蛇の列ができていた。 ![]() 一旦家に戻るのに街中を通る。震災後に通ったことの無い道を選ぶ。 ![]() 去年の夏にイタリアから来た親友を連れてきた道だなぁと 思い、でも今は生きていることが幸運だからそういう事は 後で考えようと思いながら、歩きました。 掃除されている道もあり、 出ると前日通った時よりも、歩いている人が増えている。 自発的にしている炊出しも増えていて、命が繋がっていると、 その風景に元気づけられる。 ![]() # by yukkin_y | 2011-10-26 08:00 | 3.11 | Trackback | Comments(0)
![]() 宮城県 松島にある寺院「円通院」で 10/29〜11/23までの間、 紅葉ライトアップをします。 その期間中に何度か演奏をすることになりました。 僕の出演スケジュールは 11/3: yukki(from Coupie) + Marin(from Sonido del Viento) 11/10: Coupie 11/ 11: yukki + Marin 11/17: yukki 11/20: yukki + Marin 11/22 Sonido del Viento with secret guest + yukki? 円通院夜間拝観 料 金:拝観料500円(円通院) 期 間:平成23年10月29日(土)から11月23日(水)まで 毎日17:30 から 21:00 見 ご ろ:円通院(枯山水庭園10月下旬~11月中旬、心字の池11月上旬~下旬) 瑞巌寺洞窟群、比翼塚・三聖堂(11月中旬~12月上旬) 天麟院、観瀾亭(11月下旬~12月中旬) 演 奏:Sonido del Vient , Marin(from Sonido del Vient, Coupie, yukki (from Coupie) ほか 主 催:とっておき松島実行委員会 協 力:東北芸術工科大学 ※円通院内での三脚の使用はご遠慮下さい。 紅葉ライトアップ期間中のおすすめの食事処 洗心庵 紅葉ライトアップ期間中、営業時間を延長してお客様のお越しをお待ちしております。 旬海 紅葉ライトアップ期間中のお客様のお越しをお待ちしております。 松島電脳絵巻(松島観光協会)ホームページ お問い合わせなど、詳しくは 松島観光協会 までお問い合わせ下さい。 # by yukkin_y | 2011-10-26 07:38 | ! INFORMATION ! | Trackback | Comments(0)
明けない夜はないシリーズ
2011年 3月11日に襲った東日本大震災、 石巻市で被災してからの6月までを中心に僕個人の視点で見たものを綴っていきます。 3/18 - 1 深夜に姉からの 「破水した、これから入院」 というメール。 本当に、本当に心配になる。 どうか、どうか無事に産まれてほしい。 中々寝付けないでいるうちに外がぼんやり明るくなってきて、 朝がやってきた。 寝るのはあきらめてそのまま起きる。 朝に隣のお寺で炊出しがあると聞き、 その手伝いや支援物資のまとめを手伝う。 ![]() ![]() 水が沢山届いて、町内のみんなの顔に喜びが見えた。 生きて再会出来た人が抱き合って喜んでいた。 ガツガツと掃除を始めている。 やる気が出てきた。 そんな中に電話が鳴った。仙台に住んでいる オーストラリア人のジェイソンからだった。 色々と話をすると、今石巻に向かっているようで、 Save The Childrenの事務局を石巻に置くから、 議員さんを紹介してくれと言われ、電波が悪くなり電話が切れる。 急に言われても。。。と思い、親父に相談すると、 安否が取れている近所に住んでいる県会議員さんがいるから その人にコンタクトを取ろうということになる。 石巻小学校で待ち合わせをしようと、再度ジェイソンから 連絡があり指定の時間に合わせて小学校へ向かう。 その間にも色々な知っている顔が、 リュックサックを背負って町を歩いているので、 お互いの無事を喜び、各々の地域での情報交換をする。 人が生きているっていうだけで嬉しい。 小学校に着くが、ジェイソンはまだ来ていない。 # by yukkin_y | 2011-10-25 22:06 | 3.11 | Trackback | Comments(0)
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